マツダといえば初めて作ったSUVのCX-5が大ヒットして一躍SUVメーカーとなったわけですが、その後世の中の流行に合わせて様々なサイズのSUVを出しても共通するのは、マツダらしい走る喜びを感じられる走りです。操縦安定性能重視かつ人間工学を反映させた操安設計理論に基づき、素直に曲がったり、車体が人間の直感に反する挙動をしなかったり、乗車時に体が揺さぶられたりしなかったりといった美点がある一方で、フワフワした動きを排除するために足を硬くしたり、乗り心地を犠牲にしたりしていますので、気にいる人は気にいるでしょうが、従来の車の乗り味を好む人には不評なようです。
体が揺さぶられるのを排除しようとしたら、そもそも着座位置を下げるべきなのではないでしょうか。重心が高ければ揺れるのは当然です。二階建てグリーン車だって二階席は揺れますし一階席は揺れません。重心の高い車で揺れるのを抑え込もうとしたら重心の低い車以上に足を硬くせざるを得ませんが、そうすれば重心の低い車よりも足が硬くなります。しかも、着座位置の低いスポーツカーで足が硬いのは許容できますが、着座位置の高いSUVで足が硬くて乗り心地を犠牲にすれば不満の声も出るでしょう。同じプラットフォームのMazda 3とCX-30とを乗り比べてみると、たしかにCX-30の方が売れ筋のパッケージングですし、明らかに後席の同乗者にやさしいですが、その一方でMazda 3の方が第7世代の操安設計思想がより反映されていますし、着座位置が低いため、そこまで乗り心地に不満があるわけでもありません(300万円の車と700万円の車とで要求水準が違うからというのもありますが)。CX-30もなかなかよくできていると思いますが、これで重心がもっと低かったらとも思います。
重心だけでなく重量についても、大きくて重い車であればその分足を硬くする必要があります。SUVは同じ車格の他の車に比べて大きくて重い傾向があります。
今の操安設計理論は基本的に重心の低い車向けであり、第7世代以降のSUV(主にラージプラットフォーム)は操安設計とパッケージングとの間に本質的な齟齬があるのではないでしょうか。本質的に無理がある中で開発しようとするからあちこちに設計の歪みが出て、やろうとしていることとできていることとの間に差異が生じ、品質問題まで発生しているのではないでしょうか。もしラージプラットフォームの最初の車がCX-60ではなくMazda 6だったらもっと素直に設計できたのではないでしょうか。35年以上ロードスターを作り続けて走る喜びを体現していますし、RX-7などの専用設計のスポーツカーの歴史はさらに長いのですから、FRの車を設計する能力がないはずがありません。
別に車高の高い車を作ってはいけないということではなくて、ホンダは重心や車体剛性で不利なミニバンでもまっすぐ走る車を作れています。ミニバン作りの歴史が長いからこそ車内空間の広いパッケージングと操縦安定性能とを高い次元で両立できているのでしょう。一方、マツダの現在の操安背系思想はSUVとの整合を取れるものなのでしょうか。
CX-5が登場したときは画期的でしたし、今でもマツダの屋台骨を支える基幹車種ですが、今の猫も杓子もSUVを作る時代にどうしてマツダがSUVの流行に追随しなければならないのでしょう。今はSUV以外は売れないとか北米はピックアップトラック社会だからといったマーケットイン的な発想以外で、「マツダはなぜSUVを作るのか」を理路整然と説明できるでしょうか。現在の操安設計思想を体現するのに最もふさわしいパッケージは何なのかをよく考えて、それを説明できるでしょうか。