2019年7月20日土曜日

自動車のフルオートエアコンは本当に必要十分なのか

昔の自動車用エアコンは原始的だったため、温度設定できるフルオートエアコンがさも立派そうな扱いを受けていますが、本当にそれでよいのでしょうか。単にデンソーの汎用品をポン付けしているだけで、デンソーのカタログの中から高い車には高い製品を安い車には安い製品をつける程度の安易な仕事になっていないでしょうか。それが果たしてマツダの標榜する人間中心の車作りなのでしょうか。

そもそも温度設定機能なんて昔の家庭用エアコンにもついていたようなもので、温度センサーと安いチップで簡単に制御できます。それ自体は別にありがたがるほどのものではありません。それ以上におかしいと思うのは、人間の暑さ寒さの体感というのはあくまでも本人が暑いと感じるか寒いと感じるかの問題であって、決して気温の数字によって決まるものではないと考えるからです。冷房の設定温度を28℃にしろなんて余計なお世話です。不特定多数を乗せる公共交通機関なら平均的な嗜好に応じて設定温度を決めることに意味があるかもしれませんが、乗っている人の自由にできることが乗用車の存在意義です。

家庭用エアコンにおいては、温度を設定する形でしかエアコンの効きを調整できませんので、とりあえず温度を設定してみるものの、暑いと感じれば設定温度を下げ、寒いと感じれば設定温度を上げるという形で調整します。温度調整は本人が暑いと感じるか寒いと感じるかの問題であり、設定温度は単なる目盛りでしかありません。それは自動車用エアコンでも同様で、マニュアルエアコンであろうとフルオートエアコンであろうと、結局暑さ寒さの体感に応じて目盛りを上げたり下げたりしているだけです。

暑さ寒さの感じ方は人それぞれであるだけでなく、同じ人であっても同じ気温で暑いと感じるときもあれば寒いと感じるときもあります。様々な要因がありますが、一つは体温の問題です。体温が高ければ暑いと感じますし、体温が低ければ寒いと感じます。犬は体温が高いため総じて暑がりです。体を動かせば体温が上がりますし、じっとしていれば体温が下がります。夏に外を歩いていて車に乗った直後には体温が高いため暑く感じますが、車に乗ってしばらくするとあまり体を動かさないため体温が下がってきて同じ温度でも寒く感じるようになります。また、体温には時間による周期変動もあり、人間の深部体温は夕方に最も高くなり明け方に最も低くなります。家庭用エアコンの「おやすみモード」や「快眠モード」のたぐいで設定温度が徐々に上がっていくのはそのためです。エアコンの温度センサーで計測できるのは空気の温度でしかなく、人間の体温を計測しているわけではありませんし、ましてや深部体温なんて車載のセンサーでは計測のしようがありません。

もう一つは湿度の問題です。同じ気温であっても空気中の水蒸気量に応じて潜熱の量が異なりますので、例えば28℃であっても湿度が低ければ快適ですし逆に22℃であっても湿度が高ければ蒸し暑く感じます。夏場の蒸し暑さの目安になるのは最低気温で、空気中の水蒸気量が多くて潜熱が多いと、夜間の放射冷却によっても空気中の熱量が十分に減少せずに、最低気温が高くなります。湿度をコントロールすることなしに気温だけコントロールすることに一体何の意味があるのでしょうか。当初は暑く感じても、エアコンをつけているうちに除湿されますので、同じ設定温度でもだんだん寒く感じられるようになります。人間の暑さ寒さの体感に合わせようとしたら一定の設定温度に保つ制御では十分ではありません。

自動車用のエアコンにおいて温度による制御が意味を持つのは、夏に車を駐車して車内の温度が高くなったときです。始動直後にはフルパワーで冷やして、ある程度気温が落ち着いてきたら出力を落とすということを自動でやってくれます。しかしエアコンの出力制御だけで対処できるのはよほどの高級車だけで、大衆車では人力で窓を開けたり扉を開けたりして暑い空気を出して外気と入れ替える制御と併用されます。それなら窓を閉めてからおもむろにエアコンをつけても大差ありません。

自動車特有の制約としては、移動体であるが故に走る場所によって気温や換気の度合いが異なるということが挙げられます。アスファルトの舗装道路の上では暑いですし、森の中では涼しいです。しかしそれはドライバーにとっては自明なことですので、機械に判断させるよりも人間の任せる方が簡単かもしれません。速度が高ければ換気量が多い一方で、交差点で停止中にはラジエーターに冷気が当たらず、かつ暑い空気が空気取入口付近に滞留しますので、同じ設定温度でも急に暑くなったりします。温度制御があればある程度対応できるものの、交差点での停止時にアイドリングストップがかかる時代になると、たとえ温度制御をしても肝心のエアコンが止まってしまいます。そうなると暑くなりますので、停車中であってもエンジンを始動してフルパワーでエアコンを動かします。それはあまり利口なやり方に感じられません。

人間が自らの体感に基づいて主体的に判断する領域と機械がアシストする領域とがあり、あるべき姿に即してそれらをどのように切り分けるかを考えるというのは車作りに共通したもので、それならば同様の考え方がエアコンにも適用されるべきです。ローテクというのは人間の体感に直結したものであるが故に意外とあなどれず、下手な電子制御はローテクに及びません。人間の体感に合わせるためならば敢えて安い部品を採用するという選択肢もありえます。電子制御を人間の体感に合わせるのは結構大変な作業です(だからこそ一見地味なMazda 3の走りはすごいと思います)。エアコンについてはダイキンのような空調専業メーカーの技術の後追いにならざるを得ませんが、自動車特有の制約を考慮した上で人間の体感に沿ったエアコンを作れたら、それは素晴らしい成果となることでしょう。